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2001.3.7     ◆しらす   


(2001.3.7(水)の日記より)    
<しらす>

みのもんたの「おもいっきりテレビ」で、しらすがとても身体に
良いと言っていた。「しらす」や「しんこ」(春先に出る『いか
なご』の小さいもの)は私の大好物であるので嬉しい。健康番組
を見ていると、私の食生活は、とても身体に良いらしい。
私は、「食品と健康との関係の本」が、まだあまり本屋に無い頃
から、それらに強い関心を持っていた。最初に見付けた本は、と
ても、薄いものであった。その後、この種の本の出版が増え出し
て行き、次々と読んだ本は100册近くあると思う。

私は、父母が年を取ってから生まれた子だった。母が38才の時に
私は生まれたので、今から考えるとたいしたことは無いが、子供
の私にとっては、両親は、とても年輩に思えて、自分が大人にな
る迄(いや、大人になってもまだ)、父母を奪い取らないでくだ
さい、その代わり、必ず良い子でいますからと、神様に、毎晩毎
晩長い間祈ってから寝ていた。
自分の決めたお祈りの順番があったが、幼い私は途中で疲れ果て
て、ついコックリしてしまうことがあり、そんな時は、いつも、
大あわてで、「あ、大変、こんな気持ちでは、バチが当たる」と
思い、「神様、お許し下さい。」と又最初から、お祈りのし直し
をしていた。
(それは、本当に、とても疲れるお務めであったので、20才を
過ぎて、しばらく経った時、私は神様にお願いして、1年有効の
定期券にして頂いた。それも、万一の期限忘れの場合の猶予まで
付けて貰って…。)

長じてからは、父母の健康が心配なあまり、真剣になって長寿法
を研究した。その頃、私の妹も、若いのに何故かあっさり料理が
好みであった。それで、私自身は、本当はグラタンなどの洋風の
コッテリしたものが好きだし、又興味もあったが、二人の為に、
あっさりした料理、特に日本料理の習得に夢中になり、豆腐料理
などを研究し出したのが、最初であった。
毎日、料理書を取っかえ引っかえ、通勤電車の中で読んでいたの
で、車内の見知らぬオジサマ方から、「毎日ごちそうさまです」
と声を掛けられて、若かった私は恥ずかしい思いをしたこともあ
った。

そう言う訳で、私の、健康と料理への関心には、長い歴史がある。
大切にしていた料理書200册は、阪神大震災で、本箱が壊れた時、
殆ど全部を捨ててしまった。
妹が嫁ぎ、母が亡くなって来月で17回忌を迎えるが、結局、今は
老齢に近付きつつある私自身が、その時身に付けた栄養の知識と
調理法によって助かっていることに気付いて、私は不思議な感慨
を覚えることがある。




青色申告の方、いつも後回しにしていて、まだ完成していない。
パソコンで入力するのだが、頭を整理する為に、煩雑なものだけ、
別に内訳用の一覧表を作った。(これもパソコンで)
昨年中で売れたのは、時計も、絵葉書もわずかなのに、何が分か
らないのかと言われそうだ。こんなに手間をかける程の稼ぎがあ
る訳では無いのに、手間が掛かっている。でも、大体出来たので、
次の土曜日にY税理士さんが来て下さることになった。

夕方、兄嫁から電話があり、「2チャンネルを見て!」とのこと。
見ると、「苦戦するインターネットビジネス」と言う特集をして
いた。案の定、厳しい世界らしい。私のネットビジネスも、全然
ダメである。それはそうであろう、私自身が、インターネットで
まだ一度も物を購入したことは無いのだから…。文句は言えない。





(3/7 昼食)
こんにゃくの豆板醤炒め

 
(3/7 お茶)
近所の洋菓子店、<コッペリア>の 
シュークリームが、抜群に美味しい。 

(3/7 夕食)
椎茸のうま煮  汁もの
にんじんとカイワレの酢の物 



最近、赤い色の食品が不足している
様に思うので、ちょっと反省して、
ニンジンのマリネーを沢山作った。
(これを薬味に、明日はチキンカレー
                       を作る予定)      



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