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2001.3.5     ◆恐い夢   


(2001.3.5(水)の日記より)    
<恐い夢>

昨夜、寝間に入ってから、恐い夢を見ては眼が醒め、又恐い夢を
見て眼が醒めした。その度に、何か胸が苦しい様な気がした。
胸が苦しいので、恐い夢を見たのかも知れない。
私は思い出した、阪神大震災後、寝屋川に避難していた1年半の
間は、この比ではない苦しい日々を経験した。
毎日胃が痛くて眠れないので、たまたまテレビの養命酒の広告で、
胃に優しいと言っていたので、これを飲んで胃の痛みを押さえて
眠ろうと考えて飲んだら、何と、荒れている胃壁にアルコールが
沁みて沁みて、痛みで脂汗を流しながら眠った。

そして、毎夜、胃の痛み以外に、胸の苦しさで何度も目覚めた。
その時、「あ、今、私は息をしていなかったのではないか?」と
ハッとした。「何故なら、その証拠に、この激しい息の吸い方は
なんだ?眼が醒めたから良かったものの、もし、このまま、目覚
めなかったら終わりだったのだ」と…。
そして、もう明日の朝は迎えられないのではないかと、私は幾度
思ったことか。なかなか起きてこない私を探しに来た寮の人が、
冷たくなった自分を発見する様子を、いつも想像していた。

その頃、仮設住宅の被災者の孤独死のニュースが新聞に出ない日
はなかったが、幸いにも仮設に住まなくても良かった私でさえ、
自分の身に、いつ何が起ってもおかしく無いと言う恐怖があった。
診てもらうと、ストレスによる不整脈と言われ、胃カメラでは、
胃の中に沢山の出血があると言われた。
そんな時、「胃カメラをのみたい」言っただけで、「何で、そん
な必要があるのか」と笑っている声が聞こえても、私は説明する
だけの気力は無かった。
私は大阪に勤めていて、職場に神戸人は、私一人だけであった。
震災の時の苦しさは、体験しなければ分からない。いかに話をし
ても、経験しない人には決して理解できない。だから、神戸の人
たちは、「悲しくなるので何も言わない」のだと言う人が多い。
しかし、これは震災に限らず、すべてに言えることだと思う。
私たちは、あの体験を通して、人の苦しみを思いやる優しさを得
たと言うことが、得難い収穫だと思う。

しかし、今の私は、夢へ向かって、希望一杯の日々なのに、何故
こんな症状が出たのであろうか。このところ、根を詰め過ぎてい
るからかも知れない。ここ2年間、人間ドックに行っていないの
で、近い内にドックで検診を受けなければならないと思った。



3/5 お茶

3/5 夕食
今日のタンパク質は、かきたま汁で
(Mac教室へ行く前に早めの夕食)







<みずえ’S 写真館>より



東大寺二月堂 お水取りの松明





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