2002年1月2日   ◆美しい羽子板  ◆小さな器達よ、有り難う  ◆明日の来客の準備  

<2002年1月2日> 
              
<美しい羽子板>

年末に、友人から電話があり、羽子板を貰ってくれないかとのことだった。彼女の叔母さんが、20数年前に作られた物で、私の絵の参考になるのではとのことだった。とても大きいとのことだったので、飾る場所に困ると思い、私は、最初、乗り気薄だったが、持って帰って包みを開けてみて、その素晴らしさに驚いた。見事なお人形のお顔や着物、そして羽子板全体が、しみ一つなく、真っ新の美しさで保存されていた。大切にしなければと思った。
              
              
<小さな器達よ、ありがとう>

私は、祝い肴をミニお重に詰めるときに、仕切の為に、杯や小さな器を使っている。阪神大震災の時、これらの小さな器や、可愛い迎春用品の大半が、奇跡的に残っているのを知った時の感激は忘れられない。その上、もう一つ、長年にわたって集めた大切な大皿達が、信じられないことに無傷で残っていたのである。それを見た瞬間、私は思った。「そうか!これらがあるなら、私は再起出来る。もう一度、あのお正月を迎える為に頑張ろう。」感謝がこみ上げ、力が沸き上がって来るのを感じた。幸いにも、支援者に恵まれ、1年半の、まさに命がけの苦闘の後、神戸に戻ることができた。私は当時大阪に勤めていて、寝屋川という、大阪と京都の中間の場所に避難していたので、休日の度に、支援者の方々と、遠路、神戸に通って瓦礫の搬出、壊れた器物の撤去、そして、家の修理完成迄の推進に明け暮れていた。その間、ストレスによる、不眠、不整脈、胃痛、強固な便秘、膝の故障、過労、そして、明日の朝は生きていないのでは無いかという不安と戦いながら、支援者の方々に、励まされ、支えられて、乗り切ることができた。神戸に戻ることの出来た日の、感激は忘れられない。そして、今年で6回目の、穏やかな感謝のお正月を、私は迎えている。

              
<明日の来客の準備>

明日、兄夫婦と妹夫婦を招待している。それで、今日は、菊花カブ、栗きんとん、おぜんざいを作り、紅白なますの追加を作り、そして、煮物の味の薄かったものの、修正などした。私は、とても薄味好きだが、少し薄すぎたかも知れないので…。
私の経験では、お正月の3日にお客をするのは、とても良いと考えだと思う。何故なら、元旦は自分がお正月を楽しみ、2日にゆっくりした気持ちで、年末多忙で間に合わなかった物などを追加できるから。年末に、焦りながら作るのとは、まるで違う気持ちのゆとりがある。結局寝たのは2時半だった。今年も、宵っ張りは治らないらしい。



友人から、羽子板を貰いました。(遊ぶ時の物ではなく、大きな飾り用ものです。)彼女の叔母さんが、20数年前に作られたものだそうです。見事な物です。しかも保存状態が素晴らしく、しみ一つない、真っ新の美しさです。

(拡大写真は、こちらです。)

(追加説明)

上の羽子板の写真の右にあるのは、花ではなく、
羽子板で遊ぶ時に使う羽根を、棒で連ねたものです。
分かりやすい様に、別に撮り直しました。


この黒い実は、ムクロジの木の実です。
私の「web友」(「メル友」はもう古い古い。
私の造語??)のアメリカ人のハワードさんに、
調べて頂きました。


お昼の食事です。祝い肴はミニのお重に詰めました。
大好きなお雑煮には、焼餅を2つ入れて…。


(拡大写真は、こちらです。)

夜の食事です。澄まし汁が最高です。
ミニお重の中の器は、私の自慢の収集品の
杯や小さな器たちです。何十個も持っています。
可愛いでしょう?
(小さな器は、阪神大震災の時、奇跡的に残りました。
ミニお重は壊れたので、震災後に買いました。)
(拡大写真は、こちらです。)





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